【放送禁止5 しじんの村】(解析まとめ:ネタばれ)


『死にたいのなら 死ねばいい
 生きたいのなら 生きればいい
 あなたは自由なのだから・・・
 あなたを束縛するものは どこにも存在しないしないのだから
 でも一つだけ知っていて欲しい
 あなたを憎むものは自分自身だけでないように
 あなたを愛するものはあなた自身だけではないことを
 それがほ乳類の宿命なのだから・・・』

オープニングの『しじん』の詩。一見、救いをさしのべる詩ですが、実は肯定も否定もしていない文章。

〇〇だけど、××のように後半が肯定される文章ではないため、ポジティブな文章とネガティブな文章を入れ替えても成り立つ。多分、『しじん』の二面性を表しているんでしょう。

そんな二面性のある『しじん』が作ったコミュニティ『しじんの村』が今回の表テーマ。いじめやリストラで居場所のなくなった人たちが社会復帰を目指している集落での話。

以下張り紙ネタ。『詩人』のインタビュー時の背景に映っています。『人が最も~』は書いてるシーンから。

『木の精の国
彼らは静かに聞いている
希望に満ちた君の笑い声』

希望に満ちた笑いは気のせいという意味合い。希望なんてないんだよと言っています。

『人が最も美しいとき
それは生と死の間』

人が最も美しいのは死ぬ瞬間という意味。

『疎外
機械化された文明社会に
帰属意識を持てない
現代人』

君たちは社会から疎外されているという意味合い。

『孤独になるほど
虚ろに響く
君の叫び声』

疎外されている君の声は誰にも届かないという意味。

『しじんはしじんでありしじんにあらず』

メジャーな解析サイトでは『しじん』は『死人』であり『詩人』にあらずという解釈が多いですが、実際は『しじん』は『しじん』であり、『しにん』にあらずではないかと思います。

村の入り口にある看板もそうなんですが、この張り紙も最後の『しじん』の濁点だけが変な書き方になっています。

看板を含めて考えると、自分は『詩人』は『詩人』であって、他の『死人』たちとは違うと言いたいのかも。

『ね ね ね ね』

ベタですが、『ね』が4つでしね(死ね)ですね。

貼り紙は哺乳類の宿命として、集団から外れたものは疎外され、やがて死を迎えることを表しています。

また、『詩人』は元中学教師で、病んだ生徒T君が自殺したことで、この施設を作ることを考えたという。

その際に亡くなったT君と両親らしき人物の写真が映されます。

施設の人々へのインタビューでは、亡くなった生徒の写真に写っていた女性がフクと名乗り、2年前に大事な人を亡くしたと言っています。ちなみにT君が死んだのも2年前。

わかりづらいですが、同じくインタビューを受けているシュウも写真に写っています。理由はリストラと言っていますが、フクと知り合いという素振りも見せないことから、何らかの目的があることがわかります。

ハニコの一度目の首吊り自殺未遂を計る。実はハニコの姉も、この施設で自殺をしていた。よく見ると、声をかけ続ける『しじん』の手元にハンディビデオがある。

朝食事の挨拶。「それぞれ詩があります。どんな詩を持っているのか、想像しながら食べてみませんか?」

暗に「それぞれ、死があります。どんな死があるのか、想像しながら食べてみませんか」と言っている。

その直後のハニコが部屋にひきこもるシーンの窓にシュウとフクが映っている。

自殺志願者の助けたいという理由で設置された監視カメラ。抑止力を期待して設置と言うが、ハニコの首吊り時、たまたま監視カメラを見ていたという割に、前述の通り、わざわざハンディカメラを持っていっている。

また、監視室の窓際に積まれたビデオテープに日付が記入されているのですが、T君が死んだことをきっかけに作った施設のはずが、自殺当日や、それ以前の日付のものがあります。

ハニコを心配しているフクの言葉「私たちが見守っているんで大丈夫」というのは、自分たちが『しじん』を見張っているから大丈夫という意味だと思われる。朝食後のひきこもりシーンが伏線。

この後、ハニコの前にハニコ姉を知っているというSカルマが現れ、ハニコ姉の遺書を見せると、その日からハニコの様子が変わり、立ち直る。

遺書の文面は以下の通り。

『Sカルマ様
 みんな ごめんなさい。
 もう、どうすることもできません。
 愚かなことをします。ごめんなさい。
 本当にごめんなさい。でも、
 しじんの助けには本当に感謝して
 います。この村に来て、本当に
 よかった。私は、1人じゃなかった
 のですから。』

『しじん』が自殺を幇助しているとわかった上で読むと、死に際に『しじん』がいてくれたことに感謝をするような文章ですが、エンディングの映像を見ると、ハニコ姉は『しじん』が現れたことに驚いています。

また、仮にハニコ姉が死に際に『しじん』がいてくれたことに感謝する文章だとすると、死ぬまでは一緒だとわからないし、わかった後では遺書がかけません。

そう考えると、この遺書は捏造なのかもしれません。単に番組のヒントの可能性もありますが。

Sカルマがインタビューでハニコが好きと告白した後のインタビューの際、右耳の辺りに遠くから見ているシュウとフクの姿が見える。

だが、その直後、Sカルマが水死体で発見される。自殺と聞かされたシュウが激しく叫びながら、貼り紙を破きまくるが、他の人たちに比べ、あまりにも反応が異常。

ハニコ、二度目の自殺未遂。姉に続き、心を許したSカルマが死んだためと思われる。やはり『しじん』の手にはハンディカメラ。シュウとフクは、ハニコを引き離しながら、『しじん』をにらんでいる。明らかに助けようとしている人間に向ける表情ではない。

ここでもうひとり、微妙な表情をしている人物がいます。序盤のインタビューでシュウとフクの間にインタビューを受けていたうっちー。

シュウとフクの間にインタビューという以外にヒントもないので、推測の域を出ませんが、Sカルマ、T君、うっちー(U)はシュウとフクの子供たちなのかもしれません。

そう考えると、Sカルマが死んだ際の暴れっ振りも納得がいきます。

ハニコが混乱した後、やけにあっさりとした手紙を残して施設を出た後の『しじん』のインタビュー。

「私はこれからも自殺志願者の手助けをしたい」というのは、これからも自殺志願者が死ぬ手助けをしたいということ。

『しじんの村』で取材を終えたスタッフが去るシーン。『しじん』が見送っている背後の建物の間にシュウとフクが見切れている。

2年後、ハニコと連絡がとれて、インタビュー。これによってハニコは殺されていないことがわかる。ただ、何故あれだけ混乱していた人間が、あっさり生きようと思って施設を出たのかは謎のまま。

もしかしたら、二度目の自殺未遂の際に『しじん』の本当の目的を知り、その後、シュウとフクの正体と目的を知ったことで救われたのかもしれません。もし、実際にSカルマがシュウとフクの息子だったのなら、それも理解の一因かも。

また、後日スタッフが訪れると、『しじん』が水死したため、施設は誰もいなくなっていた。入り口の看板が傾いて、『しにんの村』に見えます。『しじん』が死んだことで『しにんの村』になったということでしょう。

例の監視部屋のビデオテープが増えていて、『檜 2003年7月11日(ハニコ姉の首吊り)』、『湖 2004年11月12日(Sカルマを『しじん』が突き落とす)』が撮影されていることが伺える。番組としては監視カメラに映った光景が流れます。

また、番組ではその後に『しじん』を突き落とすシュウとフクの姿が。ふたりの名前を続けて読むと、フクとシュウで復讐……。

ただ、当時のネットでは、ハニコまで続けて、復讐は2個で、T君とハニコ姉を指すのでは? という意見もありました。

結局のところ、真相は人の死んでいく姿に美しさを感じる『しじん』が作った施設と、息子を殺された両親の復讐劇というものでした。

ただ、個人的に最大の謎なんですが、フクとシュウがT君の両親だとして、『しじん』は施設を作るきっかけとなったT君の両親を知らないなんてこと、ありえないんじゃという疑問がそのまま残りましたw

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